思いがけない ××× (お侍 拍手お礼の五十九)

        〜789女子高生シリーズより
 


伏し目がちになって何かの書きつけに見入る、どこか無心な横顔とか。
今はお吸いじゃあないが、たばこに火を点けるときの、
やはり伏し目がちになって手元を見ておいでのお顔とか。
ああそういえば、
わたしがどきどきした勘兵衛様のお顔って、
こっちを向いてないときのそればかりだったなぁ。
だって何だか、真っ直ぐ見つめ合うのって、
その視線に色んなものが乗っかってるような気がして。
それでだろうか、いつだってこっちが根負けしては、
先に視線を外していたし。
そんなわたしが面白いのか、
何とはなくでもお顔とか見ていると、
すぐにも気がついて、
そのままじいっと見返してくる意地悪なお人で。
やっぱり根負けして、知りませんと そっぽを向くと、
何が可笑しいやら、目許を細め、口許をほころばせて、
くつくつ笑う勘兵衛様で。

  そういうところもそのまんま、
  あの頃から持って来ておいでなんだなと。
  気がついたのが、つい昨日……。

お忙しい身だというのは重々判っていたから、
何とか時間を算段してもらっての待ち合わせは、
大概が、繁華街の街角や駅前で。
それだけ頼りにされていることへのバロメータのように、
大きな事件が起きれば必ず、
急な呼び出しがあってのこと、
職場や現場へ向かわねばならないお人だから。
滅多なことでは遠出も無理だし、
飛んで帰るという都合を優先するため、
車でのお出掛けなんてもっと無理…だったはずが。

 『…勘兵衛様?』

待ち合わせた駅前のロータリー、
何とはなく視線を投げてた先へと、
なめらかにすべり込んで来たセダンがあって。
短く鳴らされたクラクションに、え?とお顔を上げたれば、
おいでおいでと手を振っている、
見知ったお顔が窓から見えたので、
それはびっくりした七郎次。

 『どうしましたか、何かのオトリでしょうか?』

だったらアタシ、帰りますがと。
本心からではないながら、
でもでも…我儘を言っても詮無いと、
賢い頭が無難な即答を弾き出しており。
乗り込みはしたものの、お邪魔なら帰りますなんて、
心にもないこと、すらすらと言えば。

 『何を言うか。』

くくと微笑った精悍な横顔に、
うううと二の句を堰き止められる。
たまには遠出もよかろうと思うただけだと、
しれっと言った御主様。
そんな思わぬ言いようも、
どこかがいつもより男臭くて。

 “昔より ずっと、
  あちこちで遊んでいませんか、勘兵衛様?”

訊いてみたとて、どうせどうせ。
どうとも解釈出来そうな、
小さな笑い方をなさるだけと知っている。
そんな自分もまた歯痒い七郎次であり。

 “もっと魅力的になんないとダメなのかなぁ。”

ずんと大人の勘兵衛に、
対等に張り合うなんて夢のまた夢?
運転へと集中している横顔とか大きな手とか、
頼もし過ぎると、ぽうと見とれてしまいつつ。

 “………。///////”

まだまだ子供な自分を、
口惜しいなんて感じているが。
なんの、黒のセダンが攫ってゆくまで、
周囲の男衆の視線を独り占めにしていた、
紛うことなき美少女だのにね。
行く先々でも、
ちょっとでも傍を離れると、
良からぬ視線や気配が集まるのが心配で、
それでと“ここで待っておれ”が利く、
車でのお出掛けをと構えた勘兵衛様だとは、
言われなきゃ判らない天然さんで。


  ……あのあの、勘兵衛様?

  ?? いかがした?


座り詰めで疲れたか? SAでも降りなんだからなと。
誰がそう持ってったものなやら、
白々しい気遣いを見せたのは。
水平線を一望出来る丘の上までの、
それはそれは快適なドライブからの帰り道。
暦の上では秋だが、
実際はまだまだ緑のほうが優勢だった丘陵は、
うら若き恋人さんの、
色白な頬やら しなやかな腕やらを、
そりゃあ鮮やかに映えさせたし。
海風は その金絲をさらさらと梳いての悪戯をし。
くすぐったげに、だが、楽しそうに、
青玻璃の目許を瞬かせ、白い指先で髪をおさえる様子が、
何ともあでやかだったこと。

  そんな姿で、もはや十分、
  年上の恋人を我がものとしていることに、
  全くの全然 気づいていない白百合さん。

あのあの、えっと…と、
日頃にはない、内気な様子を見せるので、

  如何したかと

ちゃんと話を聞く前に、
脇見は危ないからと車を路肩へ寄せんとした勘兵衛の。
後方をちらりと肩越しに見やった、その横顔がまた、

  「………っ。////////」

助手席にいたお嬢さんの胸元を、深く突いてしまったようで。
サイドブレーキをかけた丁度の間合い、
その柔らかな身をこちらの懐ろへ転がり込ませた七郎次だったのへは、

  “…え?////”

さしもの…鉄の心臓を誇って来た壮年殿も、ギクリとしたらしく。
いやいや、そも何か言いたそうにしていた彼女だ。
もしかして気分が悪かったのかも知れず、
いかがしたかと見下ろせば、
首にかけていた長いパールのネックレスごと、
鎖骨を見せる丈のカットソーの胸元を、
小さな白い手が掴みしめており。

 「どうしましょう、勘兵衛様。」
 「如何した。苦しいのか?」
 「……はい。苦しいのです。」

お勤め用のとどう違うのか、
ごわごわな手触りのスーツをまとった胸元は、
彼の香りか、男臭くて…頼もしく。
隙なく着こなしておいでなせいか、
手を伏せたところ、シャツ越しに伝わる筋骨の雄々しさが、
肩口やジャケット越しになるところもあまり違わず。
ネクタイや襟元を見上げ、
喉元、おとがい、お髭を蓄えた顎へと顔を上げたのと、
何とも言わぬ彼女を案じたか、
見下ろして来た勘兵衛の深色の眼差しとが重なって。

 「あ、あの……。/////////」

どうしよう、意識したから苦しいだなんて、
言えば変な子だと思われないか。
どうしようどうしようと、
戸惑いに揺れる眼差しをどう解釈したものか。

 「あ……。////////」

かちりと音がし、それから…頼もしい双腕が、
こちらの身をすっぽりとくるみ込んで下さって。
わざわざシートベルトを外してから、
その懐ろへ深々と、迎え入れて下さった壮年様は、


  「……そうそう煽ってくれるな」


ぽそりと一言、
あっと言う間に車内へかき消えた一言を告げると、
そおっとそおっと、背中を撫ぜてくださって。
えっとえっと。///////
今日は短いスカートじゃなかったのにな。
えっとうっと。//////
リップを新しい蜂蜜入りのに変えたからかな。


  だってね、あのね?/////////


そこからお家まで送って下さった勘兵衛様だったけど、
二人ともずっと口を利けなくて。
だってあのね、
車の中とはいえ、どっちかといやお外だったのにね。
誰が通るか判らないところで、

  そんなところで、
  頬にまでこぼれてきた勘兵衛様の
  長い髪を感じつつ、
  こっそりと きすしたなんて、
  やっぱりどきどきするじゃない。////////

いいですか、勘兵衛様、誰にも言っちゃあいけませんと。
意外にも七郎次のほうから、そんな念押しして来たのが翌日で。
やはり今時の女子高生はよく判らんと、
それでも苦笑が絶えなかった、警部補だったそうでございますvv




  〜Fine〜  10.09.20.


  *内緒にしとかないと“島田様”と呼びますよと、
   シチさんが脅しをかけたのは、
   こういう事情だったのでありました。
   ああ、とうとう拍手にまで“女子高生”が…。
(笑)

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